価格競争をやめた醤油蔵が変えたもの ~ヤマロク醤油の事例~
原材料や物流費の高騰が続く中、多くの食品メーカー様が「どう価格転嫁するか」に悩まれています。
価格転嫁は、事業を続けていくために避けて通れない経営判断です。ただ、その先にもう一つ考えておきたい問いがあります。それは、その価格でもお客様に選ばれ続けるために、何が必要かということです。
香川県の小豆島にある「ヤマロク醤油」さんをご紹介したいと思います。
ヤマロク醤油は、大量生産とは逆の道を選び、木桶仕込みという伝統製法を守りながら、高価格帯の商品として支持を集めています。
この記事では、「木桶だから売れた」という話ではなく、なぜその経営判断をしたのかをブランド戦略の視点から読み解きます。
ヤマロク醤油ホームページはこちら https://yama-roku.net/

なぜ価格競争では戦わなかったのか
ヤマロク醤油は、地方の小規模メーカーという立場です。大量生産メーカーとの価格競争にさらされていました。木桶仕込みは手間もコストもかかる非効率な製法です。効率化して量産体制に切り替えるという選択肢もあったはずですが、ヤマロク醤油は別の道を選びました。
ここで3C分析を使って整理すると、状況が見えてきます。
市場環境では、消費者の低価格志向が強まる一方、こだわりの調味料を求める層も存在していました。
競争環境では、大手メーカーと同じ土俵で戦えば、規模の差でコスト面の勝ち目はありません。
自社資源で見ると、木桶仕込みという他社が簡単には真似できない技術と歴史が資産として残っていました。
効率化ではなく、この資源を活かす方向に舵を切ったことが、経営判断の分岐点です。
変えたのは「商品」ではなく「価値」だった
ここが今回の記事の中心です。
ヤマロク醤油は、木桶仕込みという製法そのものを、単なる製造工程ではなく「守り続ける文化」として位置づけ直しました。これは商品ではなく、価値の再定義です。
製法をストーリーに変換することで、「醤油を売る会社」から「木桶文化を未来へつなぐ会社」へと、自社の存在意義そのものを言語化しています。
これは、ブランドアイデンティティ(自社が何のために存在するのか)、ブランドストーリー(その意義がどう形成されたのか)、ブランド体験(お客様がそれをどう体感するのか)という3つが自然につながった状態だと言えます。
高価格でも選ばれる理由をマーケティングで考える
ここでは、マーケティングで使われるPOD/POPという枠組みを使って整理します。
ヤマロク醤油のPOD(Point of Difference:差別化要因)は、木桶仕込み、長期熟成、希少性、文化的価値です。
一方で、このPODが価値として伝わるには、前提となるPOPを満たしていることが欠かせません。
ここで比べられる相手は、同じカテゴリーの商品すべてではなく、実際に競合となる相手です。
その競合と比べたときに、人々が当たり前に求めている品質を一つでも割ってしまうと、味や独自性を評価される前に、選択肢そのものから消えてしまいます。
食品の場合、例えば家庭用商品であれば、この「当たり前品質」は味よりもむしろ実務的な条件であることが多いというのが、私の実感です。
例えば、JANコードがない、パッケージが陳列に向かない素材である、そもそも棚に並べづらい形状やサイズである。こうした条件を割ってしまえば、味がどれだけ良くても比較の対象にすらなりません。
POPとは「比較される土俵に立つための、当たり前品質の一つひとつ」であり、その土俵に立てているからこそ、PODが独自の価値として伝わるのです。
中小食品企業が学べる3つの視点
① 自社のブランドアイデンティティを言葉にする
自社は何のために存在する会社なのか、あらためて言語化してみてください。
② 自社の「非効率」を見直してみる
手間だから省くのではなく、その手間の中に価値になるものはないか、一度立ち止まって考えてみてください。
③ 誰に届ける商品なのかを明確にする
STPやペルソナを整理し、誰にどんな体験を届けたいのかを明確にすることが、ブランド体験の設計につながります。
私が食品業界で感じること
私は食品業界で20年近く仕事をし、年間1000以上の商品提案を受けてきました。その中で感じるのは、多くの中小メーカーには、まだ十分に伝え切れていない価値があるということです。
伝統製法、地域性、素材へのこだわり、職人の技術。どれも素晴らしいものですが、それだけでは価格競争から抜け出すことはできません。
重要なのは、その価値を「誰に」「どのように伝えるか」です。
ヤマロク醤油の事例は、そのヒントを教えてくれます。
まとめ
ヤマロク醤油の強みは、木桶仕込みそのものではありません。
自社の強みを見つめ直し、それをブランドとして一貫して伝え続けた経営判断にあります。
自社が当たり前だと思っていることの中にも、お客様にとっては特別な価値が眠っているかもしれません。
その価値が今、どこまでお客様に届いているか。一度立ち止まって考えてみる価値はありそうです。
